娘が昨日 誕生日で
おかげさまで18歳を迎えました!
「セカンドハウス」のケーキです
なんと「アーモンドケーキ」とともに
大好きだったのに終了していた
「アップルケーキ」が限定で復活していて
鼻血出そうになりました。
またすぐに買いに行こうっと!
娘が誕生日の前日、
あんまり「あと10分でもう17歳が終わる!」とか
「うわ〜〜18歳かぁ〜」とか
言うもので、
「セブンティーン」とか「エイティーン」
が付く曲が
頭の中をぐるぐる回ってしまいました。
18歳といえば
松田聖子ちゃんの「Eighteen(エイティーン)」
です
♪夢の中に出てきた あなたはとても素敵
いつも君だけ恋して 暮らしているさと〜
この曲は私が小学6年生だった、
1980年に「風は秋色」のB面として
発売された曲なんです
これ、誰が知ってるん?ってぐらい
初期からの聖子ファンでないと
ご存知ない曲だと思います
あの平尾昌晃さんの作曲だったんです
聖子ちゃんの
振り付けと笑顔のぎこちなさが
初々しい 貴重な映像です。
この髪型にするには
昭和の小学6年の私には至難の技で
ドライヤーでどう必死にやっても無理で
パーマあててるお姉さん達が
心の底から羨ましかった。 笑
パーマOKの(OKじゃなかったです)高校生になったら
そんな頭してる人は
もうどこにもいなかった。 笑
聖子ちゃんの音楽といえば
デビューして初期の頃は
作詞に三浦徳子さんと
作曲に小田裕一郎さん、
財津和夫さん、大村雅朗さんや
「白いパラソル」からは
作詞に松本隆さん、 そして
聖子ちゃんの曲の中で一番好きな
「風立ちぬ」は作曲に大瀧詠一さん!
大瀧サウンドは不滅です!
「赤いスイートピー」の頃からは
作曲は主に呉田軽穂という名でユーミンが、
「天国のキッス」からは
細野晴臣さんも作曲されていて、
とにかく
素晴らしい音楽ばかり!
私の大〜〜〜〜〜好きだった
松田聖子さんです
聖子ちゃんがデビューした
小学6年の頃は、突然の
たのきんファンからの
まるで「おしん」のような仕打ち、
プールで更衣室で着替えている時も
女子たちからでっかい声で
「昨日の聖子見た?あのブリッコ腹たつわ〜」
「ラジオ聴いた?ムカつくわ」
と私に向かって言われ、
(むっかぁぁ〜〜〜💢!)
小学生ならではの攻撃的な強烈なバッシングに
私はプルプル耐えていました。
(お前も 嫌いと言いながら
聖子ちゃんのラジオ「ピンクのスニーカー」とか
テレビとか、見てるやないかいっ!)
あの頃は
テレビの中でも、漫才師も、
世間のどんな人も、
影響力の全くないうちのオトンまでもが
平気で聖子ちゃんの悪口を堂々と言っていい時代で
私は心から(許さねぇぇ〜〜)と震えていました。
筆箱も下敷きも聖子ちゃんでしたが、
平和に生きていくため、
私は魂を売ることに。 表向きは
「トシちゃん、いいよね」と仮面を被り、
(トシちゃんのせい?で
聖子がめちゃくちゃ言われたのに)
友達の「たのきん映画」に付き合いながら
こっそり「野菊の墓」を見ながら涙し
聖子ちゃんのブロマイドを踏み絵に、
中学の「スイートメモリーズ」までの長い間、
隠れキリシタンばりの氷河期を過ごしていました。
あれ、この話、また言うてるって?
はい、そうです。
前にもブログで同じこと叫んでました
でも何回でも言います 笑
聖子ちゃんがベストテンで
1位になったお祝いに、
電話越しに「おかあさ〜〜ん」って言って
泣いちゃってから始まった聖子バッシング、
久米さん、
頼むからトシちゃんの隣に座らせないで!
私も子供ながらに
心ない人たちの中傷に
影で思いっきり傷ついていました。
これね、この恨みね、
多分一生忘れない
と思うんですよね 笑
いやもう、
本当にいいよね 聖子ちゃん。
ってことで
娘の誕生日に
なぜか「♪私はエイティーン」を口ずさみながら
聖子ファンであったことの
誇りを胸に熱く噛み締めた私でありました。
本当は
映画「サウンドオブミュージック」の
「もうすぐ17歳」や
ジョニー大倉さんが歌う伝説のバンド、
キャロルの「レディセブンティーン」の話など
もっと違う話を載せるつもりだったのに
結局、聖子ちゃんのことばかり
になってしまいました。 笑
本当は聖子ファンなのに
トシちゃんファン→よっちゃんファン
と、一言の偽りが変な方向へ行ったあの頃